2011年07月12日
熱意
「何としてでもこの2階に上がりたいという熱意があれば、ハシゴというものを考えつく。」
これは、松下幸之助さんの言葉です。
いくら才能があっても、それほど2階に上がりたいと思っていな
ければ、ハシゴを考え出すところまではいかないでしょう。
また、少々知識や才能が乏しくても、強い熱意があれば、その姿
を見て、知識や才能がある人が協力してくれることもあります。
この言葉は、「知識や才能があるからできる」のではなく、「熱
意によって、自分や周りの人の知識や才能が生かされる」というこ
とを教えてくれています。
私たちは、「やりたいこと」があっても、すぐに「できるかどうか」と考えてしまいます。
先に「できるかどうか」を考えてしまい、少しでも難しそうだと諦めてしまうことがあります。
しかし、また何年か経つと、やはりやってみたくなり、また「できるかどうか」を考える、
ということを繰り返したりしています。
ここには、「熱意があれば」という発想がありません。
これまでも、「うまくいかないこと」は、知識や能力の問題、
あるいは協力者の問題で片付けてしまっていないでしょうか?
ほんとうは、「それほどの熱意がなかった」というだけかもしれません。
長い人生を考えるときには、この「熱意」という視点で、自分の人生を見直す必要があります。
「あなたが何としてもやりたいこと」は何でしょうか?
「ほんとうは何がやりたかった」のでしょうか?!
これは、松下幸之助さんの言葉です。
いくら才能があっても、それほど2階に上がりたいと思っていな
ければ、ハシゴを考え出すところまではいかないでしょう。
また、少々知識や才能が乏しくても、強い熱意があれば、その姿
を見て、知識や才能がある人が協力してくれることもあります。
この言葉は、「知識や才能があるからできる」のではなく、「熱
意によって、自分や周りの人の知識や才能が生かされる」というこ
とを教えてくれています。
私たちは、「やりたいこと」があっても、すぐに「できるかどうか」と考えてしまいます。
先に「できるかどうか」を考えてしまい、少しでも難しそうだと諦めてしまうことがあります。
しかし、また何年か経つと、やはりやってみたくなり、また「できるかどうか」を考える、
ということを繰り返したりしています。
ここには、「熱意があれば」という発想がありません。
これまでも、「うまくいかないこと」は、知識や能力の問題、
あるいは協力者の問題で片付けてしまっていないでしょうか?
ほんとうは、「それほどの熱意がなかった」というだけかもしれません。
長い人生を考えるときには、この「熱意」という視点で、自分の人生を見直す必要があります。
「あなたが何としてもやりたいこと」は何でしょうか?
「ほんとうは何がやりたかった」のでしょうか?!
Posted by moichi at 20:46│Comments(0)
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